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不動産屋のフリートーク

不動産情報他・雑談・世界史とか

主導権は売主(媒介契約)


不動産屋は売主と媒介契約を締結した時点で、その売主との関係は
委任(あるいは準委任)の関係となります。(法律用語)

そして 善良な管理者の注意をもって、委任事務を
処理する義務を負います。(民法)


民法では「受任者は、委任者の請求がある時は、いつでも
委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した時は、遅滞なく
その経過及び結果を報告しなければならない」となっています。


宅建業法では 売主等の委任者から請求があった時と委任が終了する時
だけ業務報告(売却活動の)するのは不十分です。

専任媒介契約の場合は2週間に1回以上、専属媒介契約の場合には
1週間に1回以上、業務報告を行わなければならないとされています。

これに加え平成28年度の宅建業法改正で 「媒介業務を締結した
宅地建物取引業者は、当該媒介契約の目的物である宅地建物の売買
または交換の申し込みがあったときは、遅滞なくその旨を依頼者に
報告しなければならない」との定めが設けられました。


これは 売主と媒介契約を締結している不動産屋が直接自社で客付けを狙うため
物件を他社に情報をオープンにしないことが問題になったからです。


つまり 購入申し込み後 その条件を確認し 売買契約締結するしないを
判断するのはあくまでも委任者(売主)なのです

不動産屋は売主に対し助言(アドバイス)をするだけなのです。
(媒介契約の場合)




宅建業法37条書面とは


不動産業者は自ら売主となって売買契約をした場合は相手方に
売買・交換・賃貸契約を成立させた時は 両当事者に37条書面
というものを交付しなければなりません。(宅建業法)


37条書面には売買金額(または家貸)・支払時期・支払方法
定めて必ず記載し そして 宅地建物取引士が記名押印します。


そこで 「ん?37条書面って契約書と違うんか?」
と思う方も多いのではないでしょうか。



「37条書面=契約書とあまりはっきり書いていません。
(宅建の本とか)


ですが 実際の不動産取引においては同じものです。


民法では「売りましょう」「買いましょう」の
口頭で契約は成立します。

なので オフィシャルには
重要事項の説明(35条書面)→契約→37条書面となります。


法律で契約書とはあくまでも後日当事者の紛争を
防止する為に作成するものです。


不動産取引でそれはまずいだろうと 宅建業法で契約書の交付を
義務づけたわけです。


だから同じです。






宅建業者が自ら売主となる場合


最近増えてきている中古マンションや一戸建のリノベーション済物件、
新築戸建・分譲宅地・投資用不動産等で売主が不動産屋の物件は
取引をする場合、以下8種の規制が宅建業法で定められています。





①自己の所有に属しない宅地建物売買契約締結の制限

不動産屋は他人の所有物について自ら売主となる
売買契約を締結してはなりません。
いわゆる他人物売買は禁止です。

但し例外があります。
不動産屋がその土地を契約(停止条件が付いてない)
している場合はO.Kです。


②クーリングオフ

不動産屋の事務所(業者票のある場所)で購入の申し込み、
または売買契約を締結した場合、買主はクーリングオフの通知を
行うことができます。

但し売買契約や購入申し込み時にクーリングオフの説明を受けて
8日経過した場合や物件の引き渡しを受けて代金を全額支払った場合、
買主はクーリングの権利の行使ができなくなります。

③損害賠償の予定等の制限

当事者の債務不履行を理由とする契約の解除に伴う
損害賠償を予定し 違約金の額を定める時は
売買代金の10分の2の額を超える定めをしてはなりません。

④手付金の額の制限

売主は売買代金の10分の2を超える額の手付金を
受領することはできません。


また 手付解除日は契約の履行を着手するまでです。

⑤瑕疵担保責任についての特約の制限


瑕疵担保責任は引渡日から2年以上。
また、買主に不利な特約は無効。

⑥手付金の額の制限

手付金の額が5%を超える場合、売主は保全措置を講じたあと
でなければ 手付金を受領してはなりません。

⑦割賦販売契約の解除の制限

割賦金の支払いがない場合
売主は30日以上の期間を定めて書面より支払いを
催告してこの期間内に支払がない時でなければ 買主に契約の解除や
残りの割賦金を請求することができません。


⑧所有権留保等の禁止

所有権留保の契約をしてはならず、引き渡しまでに
登記の移転をしなければなりません。

また、引き渡し後にその物件を譲る受けることも禁止です。


いずれも買主を保護するための定めです。





オランダと昔の大阪は少し似ていたかも

   フェルメール


現在、大阪市立美術館で展覧会が開催される等 世間では
フェルメール(1632~1675)ブームのようです。

ちなみに私は 絵画に対する知識も関心もありません。


17世紀後半、フェルメールが活躍した時代のオランダは
ヨーロッパの経済と文化の中心地でした。

いわゆる覇権国家です。

当時のオランダの強みは海運業でした。
イングランドやバルト海とは目と鼻の先であったため 
その立地を生かし「中継貿易」で発展しました。

オランダが世界に展開した商船の総トン数は
同じく海洋国として世界をまたにかけていた
スペイン、フランス、イングランド3国を合わせたものより
多かったそうです。

なので フェルメールのような巨匠たちが描く対象は
王侯貴族とかではなく 経済をささえる商人(そのメイドとか)たち
が多かったわけです。

もう一つ オランダが発展した理由に キリスト教カルヴァン派の
普及があります。


キリスト教カトリックの世界では商売や金儲けは「賤しい」とする
考えが強かったのです。

しかし、カルヴァン派はこのような考え方をもたず
「信仰は信仰、商売は商売」という考えでした。

宗教的寛容という考えがあったわけです。



そして「天下の台所」と呼ばれていた江戸時代の大阪も似たようなもんでした。

商人中心の街で
「政治は政治 商売は商売」という感じでした。


懐徳堂等の学問所なんかも豪商がスポンサーでした。



だから現在 大阪でもフェルメールが人気なのです。





かもしれません???



おわり















ロシアの「タタールのくびき」に学ぶ

          のくびき「タタール



モンゴル政権のキプチャクハン国が1243年に建国されるとロシアは
240年もの間その支配下に置かれました。

この時代のモンゴル人による支配のことを「タタールのくびき」と呼んでいます。

タタールはモンゴル人を含む中央アジアの遊牧民の異称。
くびきは馬や牛をつなぐための道具です。

つまりロシア(モスクは大公国)はモンゴル国家に
首根っこをつかまれ生殺与奪権を握られていたわけです。
(そこまで厳しくなかった説有)

現在であればサラリーマンの上司、
我々であれば超得意先との関係がこれににあたるでしょう。


これがロシア人にはコンプレックスとなり
そして飛躍するバネにもなりました。


この支配に モスクワ大公国は腐らず まじめにキプチャクハン国
の手足となって動き 信用を勝ちとり自立します。

まさにビジネスマンの鏡です。

その後領土を拡大していき 15世紀にロシアを統合します。
そして 東ローマ帝国から後継者を意味する「ツアーリ」
の称号を得るまでになります。

1480年、モンゴル勢力から完全な独立を遂げ
「タタールのくびき」からも解放されました。


このプロセス(詳細はカットします)は 
我々も 生きていく参考になります。











情報をどこまで・誰まで出すか?

     

 3国0001




仕事上自分だけ知りえた情報(人事・不動産屋の物件情報等)
や戦略(新規事業等)を誰と共有し業務にあたるかは難しい問題です。

自己完結できる仕事であれば 極秘にしておけばよいのですが
協力者無しで成し遂げられる仕事も限られてきます。


1941年、ヒトラーはソ連への侵攻を計画していました。

当時、日本陸軍の仮想敵国はソ連で その準備もしていたので
ヒトラーがちゃんと伝えていれば ソ連を挟みうちできたはずです。

ですが、

「できれば同盟国日本と挟み撃ちしたいが その提案を日本にすれば
、独ソ戦の準備がソ連にバレるなー 」

と ヒトラーはその作戦を日本に伝えませんでした。



なので日本軍は南進してしまい その後アメリカと戦争です。


そしてドイツはソ連に負けました。




なので 「物件情報は隠さずある程度共有しよう」と言うことです。


今回は強引ですが 個人的に言いたいことでした。







アメリカ人はよく引っ越しするので

          アメリカ地図



アメリカ人はよく引っ越しをします。
一生に引っ越しをする回数はだいだい日本人の倍以上で 
世界で一番多い民族とも言われいます。


18世紀、独立当時のアメリカは現在の東部13州(上記図)だけでした。

中西部のルイジアナはフランス領、ニューメキシコあたりはスペイン領
そしてロッキー山脈の向こうは何があるかはわかっていなく
住んでいたのは原住民だけです。

アメリカは独立するとルイジアナをフランスから購入し
メキシコとの戦争でニューメキシコやテキサスを獲得しました。

そしてカルフォルニアでの金鉱発見です。

元々アメリカにやってきた白人はアメリカで一からやり直そうと
イギリスから逃げてきた人です。

おおざっぱに言うと イギリスから逃げてきた人がニューヨークで働いて
そこで失敗した人がシカゴ向かい またそこで失敗した人
がテキサスに行きました。この流れで西海岸のカルフォルニア
にたどり着いたわけです。




アメリカ人のホワイトカラーが転職を繰り返しても良しとする
文化もここからきています。(はずです・・・)


だから アメリカ人は転勤ではなく転職してでも引っ越しをするのです。



しかし、日本にはこの移動の歴史がありません。


なので 不動産のことや住宅政策等を考える時
なんでもかんでもアメリカのまねをしてもダメなわけです。







こん棒は持っているけど

     
こん棒外交




「穏やかな口調に加えて、こん棒を持っていけ。そうすればうまくいく」

これは第26代アメリカ大統領 セオドア=ルーズベルトの言った言葉です。

彼は、海上兵力を背景に、ラテン=アメリカ地域でのアメリカの権益を確保し、
ヨーロッパ諸国の干渉を排除する外交政策をとりました。

代表的なものに 1903年、パナマ地峡地帯に介入し、
コロンビアからパナマ共和国を独立させ 
パナマ運河建設を開始したことがあげられます。


そして20世紀、アメリカは覇権国家になりました。


現在のアメリカの外交政策、基本的にはこん棒外交の
スタンスが受け継がれています。


トランプ大統領が、北朝鮮にとった対応や
中国との貿易戦争、INF条約の破棄なんかは
すべて こん棒外交みたいなもんです。

しかし、私からみるとトランプ大統領は
中国、北朝鮮、ロシアからは少しナメられているような
気がします。(主観です)


こん棒をふりまわしているだけなのが バレているからです。
(主観です)


穏やかな口調が大事なのです。


おわり






今週のチラシ マンション4物件





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