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2者択一で間違える人


進路の選択から今日の昼ご飯まで 我々は2者択一(最終的にも含む)
で決定しないといけない場面がよくあります。

それらの場合 あとから「そっちを選ぶんではなかった」や
人のをみて「そっちではないだろ」と思うことはよくあります。

また 仕事であればその選択を間違えて 
取り返しのつかない大ごとになったりもします。




歴史上の人物が選択した間違いを 後から正すのは
基本的にはルール違反で誰でも言えます。

が それにしても この人、最後のドイツ皇帝
「ヴィルヘルム2世」はひどかった。



その理由を説明する前に
19世紀末のヨーロッパ内の対立関係を書きます。(めちゃ複雑なので簡潔に)

まず ドイツVSフランスが対立していました。
(ナポレオン時代からずっと)

そのためドイツは ドイツ・オーストリア・ロシアとの間で
三帝同盟を結びます。

ここでロシアが露土戦争をおこします。
ロシアはオスマントルコに勝利しバルカン半島に進出。

ここでロシアVSオーストリア・英の対立がおきます。
三帝同盟は有名無実化しました。

これらが理由でドイツはドイツ・オーストリア・イタリア三国同盟を結びます。
そしてロシアとは再保障条約を結んで「攻めてくるなよ」としました。

これらを一手に引き受け 外交手腕で実行したのがドイツの
鉄血宰相 ビスマルクです。このようにかろうじて戦争が起こらないよう
にしていたのを 「ビスマルク体制」・「ビスマルク外交」などと言います。


がその後 ドイツ帝国では不幸にもこの人

  ヴィルヘルム

ポンコツ皇帝「ヴィルヘルム2世」が即位します。

これがドイツの不幸の始まりです。

29歳で皇帝に即位したヴィルヘルム2世は
まずそのビスマルクを罷免します。

2者択一どころか「それをやってはいかんやろ」
ということをやってしまったわけです。

そして 中東方面へ進出しようと 有名な3B政策を推進するわけです。


これで ビスマルクのおかげでギリギリ平穏を保っていた
ヨーロッパが一気にきな臭くなるわけです。

以降の史実は省略しますが
その後 数年で第一次世界大戦です。

本来これは 人選ミスなのですが
この時代 皇帝なので仕方がありません。

少なくともビスマルクを罷免していなかったら
またはビスマルク外交を継承していたら
第一次世界大戦は起きていなかったと思います。



おわり



世界史ネタ 個人的には好きなのですが 
書くのしんどいので 私が暇な時限定にします。




























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