モンゴル帝国

モンゴル


1206年、当時群雄割拠であったモンゴル高原を 日々戦いに明け暮れ
統一したのはテムジン(チンギス・ハン)でした。


チンギス・ハンは幼いころ父を殺されましたが そのころから
「目に火あり、面に光ある子」とまで称されるほど戦の天才、
そしてカリスマ性がありました。


チンギス・ハンと4人の息子たちは
のちにモンゴル帝国が世界帝国となる礎を築きました。




西征軍司令官バトゥ(チンギス・ハンの孫)は南ロシア・ハンガリーまで
その領土を広めました。 1241年ポーランド・ドイツ軍を完膚なきまでに
叩きつぶした「ワールシュタットの戦い」ではその名の由来が「死体の地」と
呼ばれるほど戦場は荒廃しました。


皇帝のオコタイ・ハンが死亡しなければ 西ヨーロッパもモンゴル帝国に
なっていた とういう説まであります。


現在の中東地域に遠征したのがフラグ。 バグダッドを制圧しイスラム帝国
アッパース朝を滅ぼし イスラム世界の半分を支配下にいれました。


これもエジプト攻略中に 時のモンゴル皇帝が死ななければ 
どこまで侵略していたか分かりません。


その後 モンゴル帝国は南宋や高麗を制圧し 元に改称しました。
そして 日本の元寇があったのがこの時代です


これも台風が来なければ 九州はどうなっていたかわかりません。


なんせモンゴル民族は強かった。
(時代は違いますが ナポレオンの軍隊なんかよりも強かったのでは・・)
特に個々の力は最強だったようです。




この武士の訓練に利用されたのが 現在まで続く「モンゴル相撲」です。
(前置きが長すぎてすみません・・)
チンギス・ハンもこれを愛好したようです。


なので このDNAを知っているチンギス・ハンからしたら
現在モンゴル人が日本の大相撲で活躍しているのは
当然のことなのかもしれません。


いろいろ問題はありますが・・・



0 Comments

Leave a comment